2007年12月31日月曜日
日本語ミサ のお知らせ
アルムブルスター神父様ご来墺の予定をお知らせします。
<講話会>
1月12日(土) 15:30
イエズス会教会小聖堂(大聖堂正面右脇)にて。お話のテーマは、翌主日の典礼で記念される「主の洗礼」について。教皇聖下の新著『ナザレのイエズス』を典拠に、お話しくださいます。
<ミサ>
1月13日(日) 15:00
前日と同じく、イエズス会教会小聖堂(大聖堂正面右脇)にて。
第一朗読 イザヤ 42, 5a.1-4.6-7
第二朗読 使徒言行録 10, 34-38
福音 マタイ 3, 13-17
<<<典礼準備の集い>>>
〜こちらは終了しました。ご協力に感謝!〜
ミサでの先唱、伴奏、献金、朗読、奉納、などの奉仕者や、聖歌を決め、諸々の準備をします。1区のカフェレストランRosenberger 地下1階にて、1月5日15時より。ミサの準備のみならず、信仰共同体ついての開かれた話し合いの場にもなります。皆様のご参加・ご協力をお願いいたします。
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2007年12月17日月曜日
聖書会 <報告>
待降節第3主日の前日、小雪の舞う中、聖書会には5名の参加者がありました。風邪で残念ながら来られなかった方もあり、来られた方も順々に集まった感じで、師走の慌ただしさの中で時間を割いて、互いに分けあう貴重な一時となりました。
翌日の典礼での福音朗読箇所、「来たるべき方はあなたですか」というイエズスへの洗礼者ヨハネの問いが、どのような背景でなされたのか、その思いは何だったのか、という話に始まり、この問いかけが、今私たち自身の問いとして響いてくる現実、実存的な次元での共鳴に、話は進んで行きました。
ヨハネでさえ死の間際になんとかして確かめたかった答えを、私たちは、イエズスの十字架にいたる行いの証しと、弟子達による復活のイエズスとの出会いの証しとによって、確信を持って受け止めることができます。「私たちが待っていたのは、そして待っているのは、イエズス、あなたです」と。人となった神、この方ををこそ私たち人類は待っていた、また待っている。その喜びと希望とを新たに確認することができました。
時に疑いと暗い心に閉ざされる私たちは、その度にヨハネとともに問い直し、問いかけ、新たに答えをいただくことができる、そういう大きな慰めを見出したことも、この日の収穫でした。
神が人となられたことを喜び祝う降誕祭に向けて、私たちが今一度その意義と喜びとを深めるための、よい機会となりました。 (写真は当日、AAIの窓から)
2007年11月30日金曜日
ノベナのお誘い
無原罪の御宿りの祝日を準備するための9日間の祈り(ノベナ)に、皆様をお誘いいたします。来たる12月8日の無原罪の聖母の祝日に向けて、あるいはこの祝日を挟んで、信徒共同体の皆様と、意向を同じくしてお祈りできればと思います。私たちの共同体が、キリストの体として完成されて行き、豊かな愛の交わりのうちに、信仰の証を立てることができますよう、お祈りいたしましょう。
この信心は、11月29日よりの九日間に行う伝統がありますので、お誘いが遅れてしまいましたが、8日の祝日を中心に、同じ頃に皆様とできればと思います。12月は無原罪の童貞への信心の月ですから、よい機会ではないでしょうか。共に集っての場面は設定いたしませんが、それぞれの祈りの中で霊的に一致して、共同体としてお祈りをお捧げしたいと思います。
お祈りの言葉は、長くなりますので、コメント欄に掲載させていただきます。上の投稿タイトルをクリックしていただきますと、表示されます。ご利用ください。
2007年11月25日日曜日
聖書会 のお知らせ(終了)
次回の聖書会は、12月15日土曜日、午後三時から、AAI(Türkenstr.3 1090Wien)3階オフィスにて。
通常、聖書会は第二第四土曜日ですが、12月は第二土曜が、「無原罪の御宿り」の大祝日にあたりますから、翌第三週に順延し、第四週目はお休み、ということにさせていただきました。典礼年間では最初の聖書会ですが、2007年最後の聖書会でもあります。最初で最後! たくさんの方の参加をお待ちしています。
翌日日曜日の典礼、「待降節第3主日」の福音朗読箇所について、御言葉を分かち合います。福音箇所は、マタイ11章2−11節です。
2007年11月24日土曜日
聖書会 <報告>
教会の典礼歴では、「王たるキリスト」の祝日が、年間最後の典礼となりますが、その前日に、聖書会を持つことができ、意義深いひとときを持つことができました。
大人6名(+ 子供二人)の参加があり、内2名は一週間前のアルムブルスター師の講話会に参加できなかったため、まずは講話会の報告を行いました。
講話会でのお話も、典礼年間を締めくくるにあたり、「王たるキリスト」に眼差しを向ける内容でしたので、この報告が、今回の福音箇所に入って行く上で、よい導入となりました。
磔のキリストの姿、嘲られ、無力で、無抵抗な、むごい姿に、私たちはどのようにして「王」を見るのか。キリストの王権とはどういうものなのか。互いの信仰と言葉とで補い合いながら、共に黙想の糧を豊かにすることができました。
2007年11月21日水曜日
聖書会 のお知らせ(終了)
11月18日 年間第33主日
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